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トライアングル・ラブ・シグナル

伽月るーこ



1.
「……はぁ」
 少女のくちびるからこぼれたため息は、喧騒にかき消された。
 週末になればなるほどにぎやかになるレンダリー商店街に、ため息はそぐわない。それはわかっている。が、ため息を出さずにはいられなかった。その理由である手元に視線を落として、重い足をひきずるように目的地のカフェへ向かう。
「どうしたらいいんだろう」
 ちいさな迷いでさえ、喧騒がなかったことにしてくれた。
 レンダリー商店街はこの国の中心を担う場所であり、経済や交流がとても盛んな街だった。ちいさな少女の愚痴めいた言葉など、誰の耳にも届かない。それだけならまだしも、少女の特徴でもあるひよこ色の髪だって周囲の人の目に入っていないようだった。彼女は決して目を引かない容姿ではない。が、すごく目を引くというわけでもなかった。身長が小さいがために、よく見落とされる。そのため、気づけば傍にいて、誰かを驚かせることすらあった。それぐらい、存在感は薄い。——いや、そうなるように見せているのかもしれない。そうでなければ、黄色い頭なんて目につくはずのものが見えないわけがないのだから。
 綺麗に手入れの行き届いている金糸の髪は肩までの長さで、ふたつのおだんご頭がトレードマークの少女は、大きなブルーサファイアの瞳で悩ましげに地を見つめている。輝きの失われた瞳はうつろで、愛らしい唇からもためいきばかりだった。
 そうして、少女——ルナ・ナインのちいさな身体は、夕飯の買い物で賑わうレンダリー商店街の人ごみに紛れて見えなくなった。

 ここは、——王国ディジック。
 約三千年ほど続いている多民族国家だ。主な種族は、みっつ。魔力を持つ魔法族、鳥のような容姿のヴァンテ(風神)族、普段は人間の姿をしているがその正体は狐であると言われる雷神族などに分けられる。一方、少数民族であり魔力を持たない、俗に魔消(ましょう)族と呼ばれる人々もおり、彼らは魔法族に虐げられ迫害にあっているという悲しい現実も、平和の裏にはあった。
 長い歴史を持つ国ならば必ずある、光と闇。かといって、すぐには解決しない問題だということはルナも歴史を学んで知っていた。
 彼女は旧王家に縁のある魔法族の名家出身だが、それを周囲に隠して魔導学校に通っている。家のことでルナ自身の評価に繋がるのが嫌だからだ。生まれつき魔力量が多く、それを制御するために魔導学校に通っているのだが、それがいつしか一級魔導士を志すようになっていた。その理由はふたりの一級魔導士にあった。彼らのことを思うと、心がきゅぅっと締め付けられるように痛みを伴う。そんな憧れに突き動かされるように『いつか彼らの隣に立って、少しでも役に立てる魔導士になりたい』という夢をみる。しかし、そのためには、一級は無理でも、せめて二級、いや、できれば三級ぐらいにはなりたかった。
 尊敬するふたりの魔導士の背中を追うように、ルナは日々勉学に励んでいた。誰かを助けられるような魔導士になりたい。その気持ちから、月系に特化している自分の魔力を制御するため、週末になるとレンダリー商店街の外れにあるカフェに通い、そこの店主から『占い』を習っている。
 ——それが、彼女の今回の憂いの原因でもある。

「ふぎゃ……っ!!」
 あまりにも辛気臭い顔をして歩いていたバチでも当たったのだろうか、ルナは思いきり何かにぶつかってしまった。身体が真後ろに倒れゆく瞬間、夕闇に透けてさらに鮮やかになった赤が動いた。
「——っとぉ……、ごめ、ドーナツ食べるのに夢中で、ほんっとごめん……ッ!!」
 そう言いながらも、驚くべき身体能力で倒れゆくルナの背をしっかりと受け止めるのだから、すごい。しゃがんだまま、ルナをお姫さま抱っこした体勢になった彼は、落ちてきた食べかけのドーナツを口でキャッチした。それから、視線を移すようにひょいっとルナの顔を覗き込む。彼の赤い前髪が揺れ、その奥から人懐っこいルビーの瞳が現れた。
「ふが、ふががががっ」
 まだドーナツを口で咥えているせいか、何を言っているのかわからない。呆気にとられているルナの前で、ようやくドーナツが会話の邪魔をしていることに気づき、彼はもぐもぐと器用に食べ始める。その様子を一部始終見ていたルナは、思わず噴き出した。
「ふっ」
「んぐ?」
「ふ、ふふふふっ。あは、……はははっ」
 口元の笑いが、徐々に口を開けての大きな笑いへと変化する。すっかりドーナツを食べきった彼が、ルナの額を指先で小突いた。
「こーら。笑いすぎ」
 まったく、と怒った素振りを見せない彼の笑顔に、ルナは笑うことを止めてしまうほど魅入られた。赤い髪が沈みゆく夕陽の薄紫に透けて、神々しい赤を見せる。周囲を明るくさせる笑顔や、その明るい性格は——太陽そのものだった。
「……ルー?」
 いつも彼が呼ぶ愛称に、ルナは口元を綻ばせる。
「ごめんなさい。ロムさま」
 彼——ロム・スペリングはこの国でも少数しかいない、最大階級である第一級魔導士取得者だ。兵士として戦場にいたときには『太陽の剣士』として周囲に恐れられていたのだが、それをルナは知らない。「これでも、荒れてる時期があったんだよ」と彼は照れくさそうに言うが、ルナはそれを含めてもロムを尊敬していた。彼女にとってロムは、追いかけるべき背中だから。
「俺はドーナツも無駄にしないで全部食べられたから構わないけど……。ルーは?」
 問われた意味がわからなくて首を傾げると、彼は苦笑を滲ませてそっと頬を大きな手で包む。さらりと、ルナの金糸の髪が揺れた。
「大丈夫かって聞いてんの。……おまえが人にぶつかるって、そう滅多にないんだからさ」
 ふと向けられたなにげない優しさに、悩んでいたルナの胸はいっぱいになる。
「ロム、さまぁ」
 思わず助けを求めるように彼の名前を口にした瞬間、それは唐突にやってきた。
「はい。アウトー」
「!?」
「アウトですよ、ロムさん! アウトすぎるほど、アウトです!!」
 聞き慣れた声に視線を向けると、真横にきらりと光る眼鏡が見えた。その手に握るペンで、手元に何かを書き記している音が聞こえる。まさか、と思うよりも早く彼女は口を開いた。
「みんながここを素通りしようとも、このケイ・シトラスはそんなことはいたしませんよ!!」
 高らかに声をあげて立ち上がったケイが、眼鏡の奥を光らせてびしぃっとペン先をロムに向ける。
「こんな、公衆の面前で行われているラブシーンなんて、ネタにしてくれと言ってるようなもんですからね!!」
「ネタ!? は!? ちょ、ちょっと待てよ! あんたの担当は魔導学の月刊誌だろ!?」
「はい!!」
 盛大に肯定したケイは、満面の笑顔で続けた。
「でも、これはこれでおもしろいので!!」
 自信満々なケイの声に、いつのまにやらできていた人垣から歓声と拍手が沸き起こる。野次まで飛んで、煽ってくるのだから大変だ。どうしたらいいのかと考えをめぐらすルナの前に、今度は人垣から長い深紅の髪を後ろでまとめた美女が出てくる。彼女はもみくちゃにされた身体をぐっと伸ばすように両腕を上げて、情報を把握するように見渡した。——すると、すっかり瞳から輝きがなくなり、切なげにまぶたを伏せた。
「…………喧嘩じゃ……、ない」
「そんなもん期待すんな!?」
 つっこむロムの言葉など聞いてない様子で、彼女はひとつ息を吐き出すと、すぐに顔を上げる。その表情から切なさが消え、瞳にもすっかり輝きが戻っていた。
「まぁ、それならしょうがない。じゃあ、にーちゃんアタシと勝負しな!」
「あのなぁ、しょうがないで喧嘩売ってくんじゃねぇよ!!」
「いいじゃんいいじゃん、減るもんじゃなし!」
「そういうことじゃなくてだな……。って、あんたもそんな期待をこめたまなざしを俺に向けるな!!」
 あっけらかんと喧嘩を売る彼女にげんなりしたと思ったら、今度はケイに向かってつっこみを入れる。なんだか忙しそうだ。彼の腕の中でぼんやり考えるルナは、とにかくこの場が落ち着くことをひたすら祈った。
「いいじゃないですか!! 第一級魔導士であり“太陽の剣士”という異名を持つロム・スペリングと、ここ数年、実力派の女性魔導士として注目されているサクラ・リモーネさんの対決ともなると、目玉も目玉! 大目玉じゃないですか!!」
 興奮を露わにするケイに、ロムは反論することさえ諦めたようだ。はぁ、とひとつため息をつくと、ルナにこっそり耳打ちする。
「とりあえず、うちでいいよな」
 ——直後、返事をする間もなく、発動された魔力によってルナは包み込まれた。


2.
「……私、風魔法を間近で見たの初めてかもしれません」
 まだ夢でも見ているような気分のルナは、さっきあったことを思い浮かべてぽつりと感想をこぼす。
 あの後、耳をすまさなければ聞き取れないほどの声で呪文を紡いだ彼は、一緒に魔力をも構築させた。高度な技術がなければ、呪文を唱えながら魔力を構築していくのは無理だ。普通なら呪文を唱えた分だけ、魔法発現まで時間がかかってしまう。長い呪文であればあるほどに。けれど、彼は呪文で切り開いた道筋に即時魔力を編みこんで魔法発現までを最短時間に行ってしまった。しかも、風魔法という難しい魔法を。これは発動後のコントロールに高い技術が必要なため、第二級魔導士の認定試験で合否が分かれるほど、操作が難しい。それをいとも簡単に発現させた彼が、第一級魔導士であることを思い知らされた。
 練り上げられていくロムのあたたかい魔力を肌で感じ、ルナが包み込まれたと思った瞬間、風が下から突き上げるように舞い上がった。すると、各々服の裾を押さえたり、目を閉じたりするなどして、周囲の注意や視線が逸れる。その間にルナを抱きかかえたロムが人垣から抜け出し、今に至るというわけだ。
「そっか。じゃあ、いい勉強になったな」
 にっこり微笑んだロムは、正面にあるベッドに腰を下ろした。
 ——そんなわけで、ルナはロムの家、というか正確にはロムの部屋にいる。
 この家に住んでいるのはロムだけではない。ちょうどロムに連れられてルナがやってきたころ、ここに住む雷神族のビットとヴァンテ族のティンクスに会った。入れ違いで出かける彼らを見送り、ルナは初めてこの家に足を踏み入れた。真っ先に目がいったのは、正面にある大きくて立派なレンガ造りの暖炉だ。その前には、ソファセットが置かれていた。広い一階を煌々とした炎で暖めているそのどっしりとした姿に、一瞬見惚れてしまう。目を逸らしたせいか、階段へ向かっていたロムに名前を呼ばれるまで気づけなかった。慌てて追った彼と一緒に階段を上がった正面が、——ここ、ロムの部屋だった。
 入って正面にベッド、部屋の隅に机とイス、そして右手前にあたたかそうな絨毯が敷かれ、その上に丸テーブルが置かれていた。
 簡素といえば簡素だが、ロムらしいといえばロムらしいような気がする。
「ほら、ルー。そんなところに突っ立ってないでこっちこいよ」
 ベッドの上の隣をぽんぽんと叩かれて、ルナは緊張しながらもそこにちょこんと座った。
「さて、じゃあまずは理由を聞こう」
 ロムの優しい声に顔を上げて隣を見ると、切なげに眉根を寄せた彼がそっとルナの頬を手で覆う。
「ルーが、どうして泣きそうなのかをね」
 どうした? と、告げてくるルビーの瞳に優しい輝きを見る。彼に心配をかけたいわけじゃない。ここは黙ってはぐらかしてしまおう。——そう思ったが、真剣な彼に嘘なんてつけるはずがなかった。
「私——ッ!」
 ルナが正直に悩みを打ち明けようとした刹那、思いきり開かれたドアの音で言葉を呑みこんだ。ひんやりとした冷気が部屋の中に入ってくるのを感じ、ドアに視線を向ける。そこには、青銀の髪をなびかせた綺麗な顔つきの男性が立っていた。彼は昔から、ロムと正反対の青を纏う。彼もまた、この国の第一級魔導士の資格を持つ人間だった。
「グリッド……ッ!?」
 彼、——グリッド・サテライツは、かつて『静寂の魔導士』と呼ばれた魔法のスペシャリストだ。専門は魔導学で、月刊誌に連載を持つほどの知識を持つ。その美しい容姿から、国内の女性たちの憧れの的ともなっている男だった。そして、ルナがもっとも尊敬する魔導士だ。

 こうして、この部屋にルナが尊敬し、その背中を追うきっかけを与えた“ふたりの魔導士”が一同に会することとなった——。

「ロム……、君はまた街で……!! って、あれ、ルナ?」
 これからお小言でも始まるぐらいの雰囲気を出していたグリッドの勢いが、止まる。深海を模したような紺碧の瞳がルナを捉え、どうしたの? と告げるグリッドに、ルナは目をぱちくりして応える。
「……っていうか、その状況いったいどういうことなの? 何、この馬鹿に襲われそうになってるの?」
 再びグリッドの纏う冷気が部屋を埋め尽くそうとする前に、ロムが慌てて立ち上がる。
「違うから落ち着け。ていうか、漏れてる、魔力漏れてるからな、おまえ!!!!」
「は?」
「こっちは寒いんだよ……!!」
 いつものふたりのやりとりに、ルナの口元が自然と綻んだ。
 仲がいいのか悪いのか。ルナが彼らに会ったときは、いつもこんな感じだった。相手が誰だろうが、何者だろうが、まっすぐに相手を見て、その判断を信じて動く。頼もしい彼らの背中に、ルナは何度助けられたことだろう。懐かしさで心がいっぱいになる。
 部屋に入ってきたグリッドにロムが近づいて事情を説明したのち、彼らは申し訳ない表情でルナの前までやってきた。
「大事な話の最中にごめんね。ルナ」
「いえ……。というか、ここはグリッドさまの家でもあるので、謝ることなんて……! それに、……私はお邪魔させていただいている身ですから……」
 むしろ、迷惑をかけているのは自分のほうだと思ったルナが、視線を落とす。しかし、グリッドは大きな手でルナの頭をそっと撫でてくれた。
「ルナなら大歓迎だよ。いつきてもいいんだからね」
 彼の優しさが、手のぬくもりから伝わる。心がほっと和らいでいくのを感じた。やはりふたりはすごい。こんな見習いの魔導士にでさえ、態度を変えることなく接してくれる。変わらない態度にありがたいと思いながら、ルナは目元にたまった涙をぬぐって顔を上げた。
「ありがとうございます」
 ふたりの優しさに包まれて、ルナは笑顔を作った。
 そして、目の前で腰を下ろしたふたりに、ルナは自分の悩みを打ち明けた。
 先週末に起こったことと、服の中から取り出した三日月の取ってがついたガラスの小瓶の存在を——。
『——惚れ薬!?』
 ロムとグリッドの声が、綺麗に重なる。
「……はい」
 ベッドに腰かけるルナの前で、床に座るふたりに申し訳ない気持ちで答えた。
「どうしてそんなものを……?」
「想いが相手に届かなかったことを、私のせいだと言った人がいまして……」
「はぁ? それどういうことだよ。ルーは占いをしただけなんだろ?」
「はい! 私は……、私は普通にいつものように占いをしたんです! でも……、当たらなかったみたいで……」
 戸惑うルナに、グリッドがふむと顎に手をやる。
「……ルナの占いはもともと自分の魔力をコントロールするために始めたものだからね。月属性の魔力に特化している子は、どうしても月の満ち欠けに引きずられちゃうから、調子が悪いときとそうじゃないときにムラが出てしまうんだ。でも大丈夫。自分の魔力と向き合って、コントロールするコツをつかんだら、すぐにそのムラもなくなるから」
 冷静に状況を分析するグリッドの話に、やっぱりそうだったのか、とルナはひとりごちる。調子がいいときと悪いときが自分でもわからなくてしばらく悩んでいたのだが、グリッドはものの数分でルナの欲しかった答えを出してしまった。今度、月の満ち欠けのときの占い結果をまとめて検証してみようと心に決めた。
「ありがとうございます、グリッドさま」
「僕の専門は魔導学だから、悩んだらいつでもここにきてくれて構わないよ。……と、話が逸れたね。ルナ、続きを」
「はい。……それでその方、後日お店に来まして、………………その、責任をとってくれって……」
『……あぁ』
 ふたりのすごく哀れむような声が再び重なる。
 何かを察したのか、それとも身に覚えがあるのか、他人事とは感じられない相槌だった。
「それで、惚れ薬か」
 複雑な気持ちで苦笑を浮かべたルナは、手元に出した小瓶を見せるように掲げた。
「これがそうです。私の家に古くから伝わる秘術で“月の涙”と呼ばれています。……ただ、ちょっとだけ私の魔力を編みこんで、より効き目があるように……、して、しまって……」
「ふぅん。なるほどなー。で? ルナは何を悩んでるんだ?」
 直球なロムの問いに、ルナは一度視線を落としてぎゅっと握り締める手に力を入れた。
「……間違っていると……、思って」
「間違ってる?」
 ロムに訊き返され、顔を上げる。
「はい。間違ってます」
 それは、ルナ自身も“恋”をしているからこそ、わかることだった。
「こんな……、薬で、人の心を手に入れても、それは偽りです。本物の心じゃない」
 それだけは、はっきりとわかっていた。
「だめなんです。……だめなんですよ、こんな薬に頼ったりしたら! 欲しいと思うほど人を好きになる気持ちはわかります。私だってそう思うひとりです! ……でも、…………でも、私だったら好きな人の本物の心が欲しい……!!」
 ——それを、好きなひと、それも本たち人の前で言っていたことに、言い終わってから気づく。
「……ッ!! あ、あああああの、だから、その、間違ってるといってる私は間違ってますか……!?」
 赤面して何を口走っているのかも理解できないルナに、今まで黙って聞いていたふたりは静かに首を横に振った。自分の悩みに悩んだ結論を受け止めてもらえたことにほっとして、安心が涙に変わる。
「……よ、かった……。私、ずっと、自分の答えに自信が持てなく、て……ッ!!」
 溢れる涙が、シーツの上にぽたぽたと染みを作っていく。ロムのベッドなのだから汚してはいけないと涙をこらえようとするが、無理だった。おかしいぐらいに涙は止まらない。何度も手の甲で目元を拭うルナを、最初に抱きしめてくれたのはロムだ。まったく、しょうがないなぁと言いたげにベッドの上に座ったロムが泣きじゃくるルナを片腕で抱き寄せる。そして、もう片方の手で、ルナの手から小瓶を取り上げた。
「いらないいらない。こんな薬は、だぁれも幸せになんかしない」
 背中を何度も撫でるロムの手のあたたかさが涙をさらに誘発させる。
 ——もうやだ。こんなに泣いてみっともない。
 今度はロムのシーツではなく、彼の服にさえ涙の染みを作ってしまった。彼の赤い服が涙を含むことによって深紅に染まる。申し訳ないと思いながらも、ルナは縋るように泣いた。
「そうそう。これは、いい勉強になったってルナが思えば……、って、ん?」
 ロムの手から受け取ったグリッドが、何かに気づいたように表情を変える。が、その表情を見ずに、ルナはロムの腕の中から抜け出した。すでにロムがグリッドから小瓶を受け取り、宙に放り投げておもちゃのように遊んでいる。
「わ、……たし、この薬、……処分、します」
 そう言ってルナが目元を拭い、小瓶に手を伸ばした瞬間——、
「きゃ……ッ」
 ベッドのへりについた手がすべり、ルナの身体が前に傾く。
「ルー!?」
 慌ててちいさな身体を守ろうとふたりの男が動いたその瞬間、ロムの手から離れた小瓶が宙を舞う。ベッドから落ちそうになるルナをロムが引き上げた。宙へ放られた小瓶はロムという着地点を失い、落ちる途中であろうことか蓋が外れる。
「やば……ッ!?」
「ふぁ!!」
「え、ちょ!!」
 三人の声が混ざり——、ルナを守ろうと身を挺して庇ったロムとグリッドにかかってしまった。


3.
「きゃぁああ! おふたりとも、大丈夫ですか!?」
 ロムの腕の中から抜け出したルナは、部屋に充満する甘ったるい香りに血の気が引いた。
 ベッドでロムの上に折り重なるようにグリッドが倒れている。ルナはすぐに薬が入っていた小瓶をベッドの上で見つけ、その状態を震える声でつぶやいた。
「……やだ。からっぽ」
 どうしよう。どうしたらいい。
 それだけが頭の中を駆け巡る。とにかく、すぐにこの魔力で満ちた部屋を換気しよう。少しでも空気の入れ替えをすればどうにかなるかもしれない。少しの希望を見出したルナがベッドから下りようとした直後、ふたりの声が耳に届く。
「ん……、ルナ?」
「ルー、大丈夫かぁ?」
 ふたりのぼんやりした声が重なる。起き上がろうとする彼らを背に、ルナはベッドから駆け下りた。
「しばらく目を閉じててくださいね! すぐ部屋を換気しますから!! いいですか、絶対に、目を開けないでください!!」
 薬がかかった状態ならまだどうにかなる。
 効力発動の鍵は——『相手と目を合わせた瞬間から』のはず。
 早く換気をしようとルナがドアノブに手をかけたが、
「え……? え、うそ、やだ。なんで!?」
 ——開かない。
 しっかり鍵がかかっている。その鍵も、微力で複雑な魔力でかかっていてルナの知識量では解読ができない。こんな短時間に、繊細で複雑な魔法式を編みあげて実行できるのは、この部屋にひとりしかいなかった。
(グリッドさま……!?)
 頭に浮かぶ魔導士の名前を浮かべて、ルナの背筋に冷たいものが流れた。
 動悸が激しくなる。大丈夫、まだ平気。だから落ち着いて。自分を安心させるように言い聞かせるが、嫌な予感は払拭できなかった。
「ルー? 鍵の開け方わからないなら、俺がやろうか?」
「というか、……ルナ、そろそろ目を開けてもいいかな」
「そうだな。どういう状況なのか俺も確認したいし」
 ふたりの言葉に、ひとつの可能性が頭に浮かぶ。

 ——もし、グリッドとロムが同時に目を開けてお互いを見てしまったら?

 そこに気づいて、ルナは慌てて振り返った。
「——ッ!!」
 目を開けてはいけない、と言おうとして、息を呑んだ。——すでに彼らは目を開けて、ルナだけを見ている。
 ベッドに腰かけたロムの瞳は獲物を見つけた獣のように赤く煌き、その場で立っているグリッドの紺碧の瞳も激しさを秘めているように感じる。ふたりからの情熱的な視線に、身体が小さく震えた。
「惚れ薬だって聞いてたのに、お互いの顔を見るようなへまはしないよ。ルナ」
「さすがに俺もそこまで馬鹿じゃない」
 にっこり微笑む彼らの笑顔は、いつもと違う。
 どうしよう、いつもの彼らじゃないことは明白だった。——だって、まるでルナのことを“女”としてみている。
「ッ!!」
 向けられた欲望から逃げるように、ルナが慌てて視線を落とす。
 なんてことをしてしまったのだろう。
 しっかり彼らの瞳を見てしまった自分を悔いた。もう、こうなってしまったらルナに止める術はない。が、まだ希望はある。ルナは悩みながらも薬をあえて未完成にしたのだ。
「こ、この薬の効果は半日です。……安心してください、明日の朝には……おふたりとも、もとに戻りますから……!!」
 俯いたまま、効力の消失時期を伝える。けれど、ルナにはうるさいほど脈打っている心臓の音しか聞こえない。恐ろしいほど、彼らが“男”に見える。違う。彼らが自分を女だと認識した瞬間から、ルナもまたふたりを“目指すための魔導士”から“好きな男”へと意識した。すべてはこの甘ったるい誘惑のせい。身体に、蜂蜜のようにとろりとした魔力が絡みつく。
「——だから?」
 グリッドの言葉の意味がわからず、だからといって顔を上げることもできず、ルナは固まった。すると、いつの間に近づいていたのだろう。ひょこん、とルナの視界に人懐こいルビーの瞳が現れる。
「……ロム、さ……」
 ルナの前でしゃがみこんで、顔を覗き込んできた彼の名前をつぶやくと、——相手はにっこり笑った。
「だから、何?」
 その目は“逃がさない”とでも言うように細められ、息を呑んだルナを射抜く。
「大丈夫、怖くないよ。俺たちがルーに一度でもひどいことしたことあるか?」
 唇が震えて声が出ない。だから、代わりに首を横に振って見せた。
「ん。じゃあ、問題ない。——おいで?」
 誘惑を孕むロムの声が、まるで魔力を帯びたようにルナの正常な思考を包み込む。
 いいよ、大丈夫。怖くない。怖いことなんて何もない。これから先は気持ちいいことしかないんだよ。
 彼は何も言ってないのに、誰かがルナの耳元でそう囁いた。まさに悪魔のささやきだ。首を横に振って何度も、身体にまとわりつく魔力を振り払い、理性を保とうとする。——が、物理的な作用が働いてしまえば無理だ。
「ひゃ……! あの、ロムさま……、ロムさま!?」
 ふわりとルナを抱き上げたロムは、ルナの言葉などまるで聞いてないようだ。ベッドに向かってゆっくりと歩を進める。それを恍惚とした表情で待っているグリッド。どうしよう。どうしたらいい。考えている間にもベッドに下ろされ、ルナはふたりに壁際まで詰め寄られた。ベッドの前でルナを見下ろすふたりの瞳が、楽しげに揺らめく。
「そんなに怯えなくてもいいんだよ、ルナ」
「そうそう。さっきも言ったけど、ルーにひどいことをしたいわけじゃないんだ」
 じゃあ、どうしたいんですか?
 と、問う前に、彼らがおもむろに動く。ロムは皮手袋、グリッドはグローブを外して床に落とした。
 すると、次にベルトを外して着ていた上着を脱ぎ捨てる。
「ッ!!」
 衣擦れの音と、服が床に落ちる音が薄暗い部屋に響く。中に着ていたシャツだけの姿で身軽になった彼らを、窓から差し込む月明かりが照らす。目が逸らせないほどの色気を前に、ルナは言葉を失っていた。
 そうして、それぞれブーツも脱ぎ捨てたふたりが、ギシリとベッドを軋ませて近づいてくる。
 ルナは破裂しそうになる心臓の音を聞かれたくなくて、咄嗟にロムの枕を腕に抱え込むのだが、鼻をくすぐるロムの香りに思考が乱されそうになる。それでも必死に誘惑から逃げるように言葉を紡いだ。
「ロムさま、グリッドさま、しょ、……正気にお戻りください」
「僕は正気だよ、ルナ」
「変なルー」
「そ、そういうことじゃなくて! おふたりは自分が正気だと思われるかもしれませんが、……その薬、私の惚れ薬が、魔力が、この部屋にじゅ、充満していてですね……!?」
 ああ、もう泣きそうだ。
 本人たちは正気だと思っている。それは問題ない。だって“そう、思わせる薬”をルナが作ったのだから。
 こんなかたちで自分の薬の効果を試したくなんてなかった。早くもとのふたりに戻ってほしい。背後からの月の光に願いをこめて、ルナがほんの少し魔力を解放した瞬間。

「好きだ」

 え?
 耳を疑うほど、さらりと目の前を通り過ぎた言葉に、ルナの時間が止まる。恐る恐る顔を上げた先で、
「好きだって、言ったんだよ。ルー」
 微笑む彼が甘やかに愛を紡ぐ。息苦しいほどの心臓の高鳴りに、死んでしまうのではないかと思った。
「僕も、ルナのことが好きだよ」
 ロムの隣で愛しげにつぶやくグリッドの言葉に、夢でも見ているような気分になった。これが薬の作用だということはわかっている。わかっているのに、——偽りの愛が麻薬のようにルナの恋心を絡めとる。
 恋というのは恐ろしい。

 わかっていても、偽りの愛の檻に入りたいと願ってしまう。

「ルナ」
「ルー」
 そんな声で名前を呼ばないで。
 そう言いたいのに、涙だけがぽろぽろと零れ落ちた。
(……だって、好き、なんだもん……)
 ふたりが。
 最初から眼中にないって知ってた。ロムは死んだ妹に自分を重ね合わせているだけだし、グリッドには死してなお彼の心を掴んで放さない恋人がいる。どちらもルナを妹のようにかわいがってくれていた。だから、叶うはずのない夢だった。
「……も、だめ、なんです。これは、間違ってること、なんです……っ!」

 偽りに染められた愛の言葉で、——泣きたくなるほど喜んでしまうことが。

 部屋の奥、明かりの届かないドアの暗闇から悪魔の微笑みが見える。
 堕ちろ。さっさと堕ちてしまえ。そうすればきっと楽になる。楽になったら——快楽の扉が開く。
「やめて。やだ! こんなことでロムさまとグリッドさまの気持ちが欲しいんじゃない!! 私は……、私、はぁ……ッ!」
 喘ぐように、悪魔と涙目で対立した。
「ふたりが大好きだから、こんな薬に頼りたくないの……ッ!!」
 悲痛な叫びが部屋にこだまする。
「だめよ。だめなの。……ロムさまも、グリッドさまも……私の、こと、……好きじゃ、ないって……知ってるんだか……ら……」
 嗚咽まじりの言葉に、驚きを露わにしたのはふたりだった。
 ルナは、どうせ記憶が消えるように作ったのだから、と思いを吐き出す。
「私は……!! 私の……、この気持ちがおふたりに届かなくていいんです。でもせめて、おふたりの心を守りたい。そばにいても許されるぐらいの魔導士になって、いつでも、……胸を張って隣に立てるぐらいの人間に、なりたいんです……! どうか、お願いです。もとのふたりに戻ってください。だめなんです。こんな薬なんか、ないほうがいいんです。私は……——ん、ぅ……!!」
 胸元を掴まれて引き寄せられたルナは、強引に唇を塞がれる。唇に当たるやわらかい感触が、ルナの気持ちも想いもすべて食べてやると言わんばかりにくちづけを深くした。
「ん、……んんっ。んーっ!!」
 抵抗しようとしても相手はロムだ。閉じられているルビーの瞳は、今何を思ってルナにくちづけているのだろう。そんなことは、この熱いくちづけからは伝わってこない。ただわかるのは——黙れ、ということだけ。
 初めてのキスに戸惑いと、どうやって呼吸をしたらいいのかわからないルナの思考がほどけていく。
「……っ、ぁ……は、……ろむ、ひゃま……?」
 止まった涙にロムが安心したように微笑み、もう一度、ルナにちゅ、とくちづける。
「ルー、食べちゃいたいぐらい、かわいい」
「ろ——んむぅ……っ!?」
 今度は、横から掻っ攫われるように顔を向けられ、グリッドがルナの唇を食む。涼しい顔をして口の中に舌を入れてくるグリッドのほうが、ロムよりも激しいキスだった。
「ん、んんぅ、ん……、ぁふ」
 舌を追い掛け回され、捕まり、ちゅくちゅくと吸われたら最後、——ルナのなけなしの理性は完全に消え失せた。


4.
「…………何、これ」
 不機嫌に顔をゆがめたロムを見上げて、ルナはぼんやりと答える。
「さらし……、です……?」
 先ほど、ようやく交互にされていたくちづけから解放されたばかりで、充分な酸素がまだ頭に到達していない。後ろからロムに身体を支えられるように身体を預けているルナの前では、グリッドが首筋に唇を落としている。そしてロムは、相変わらず不機嫌な様子で、服が取り払われたルナの乳白桃の肌を覆う——無骨なさらしを見下ろしていた。
「やっとルーの裸が見られると思ったのにどういうことなの、こんなのいらないんだけど」
「そうだな、いらないね」
 ぺろり、とルナの肌をひと舐めしたグリッドが、胸元を覆うさらしを人差し指で縦になぞる。すると、触れたところからさらしの組織が解体され、ナイフを使ってもないのに切れていく。
「ひゃぁ……ッ」
 今までさらしで押さえつけていた胸が切れたさらしを押し上げ、そのふくらみを露わにした。
「…………今まで気づかなかったけど、ルーってばすっごいおっきいんじゃ……」
「普段の服装がそうさせるから、今度違う服を見繕ってみようかな。この間のシフォンケーキの差し入れのお礼、考えてたところだったんだよね」
 ロムがしみじみと後ろからルナの胸元を覗き込み、グリッドは嬉しそうに微笑む。
 恥ずかしさで赤面するルナは言葉が出ない。自分だけ裸にされて、暴かれて、好きな人ふたりに見られている。しかも今日は満月だ。月明かりが煌々と窓から差し込んでいるせいか、よけいにルナのきめ細やかな肌がキラキラと輝いていた。
「うっわ」
 後ろから手を差し込まれ、さらしとともにきゅむっと胸をわし掴みにされる。
「ひゃぁあっ」
「ぽわっぽわだなぁ。ちょーきもちいー。ルーのこと、俺少し侮ってたみたいだ」
 頭にくちづけるロムの欲望をこらえた声が聞こえ、その手はしっかりとルナの成長を確認するように動いていた。ふに。胸に、指が埋まる感覚に肩が跳ねる。
「ひゃ、ぁ……ッ。ロム、さまぁ……っ」
 ロムが気持ちよさそうにルナの胸を揉む。思わずその手を取り払おうとしたルナの両腕を、今度は正面のグリッドが掴んで制した。
「グリッド……、さま……?」
「だめだよ。僕にもちゃんと見せてくれなくちゃ。そうじゃないと、俺、——何をするかわからないよ?」
 にっこり微笑むグリッドの瞳は全然笑っていない。むしろ瞳に狂喜をにじませて「どういじめてやろうか」とでもいっているように見えた。ずくん。下半身に、痺れにもにた甘い感覚が訪れる。
 その直後、さらしを口で挟んだグリッドが器用に全部とりあげた。これでもうルナを覆う布は何ひとつない。
「や、やぁああんっ」
 赤面するルナを見ながら、ひどくうれしそうなグリッドがゆっくりとルナの両腕を広げていく。
「や、だめ。だめ……っ、あ、ぁあんっ」
 目の前のグリッドに、裸を全部見られてしまうと思った瞬間、背後のロムが両方の乳首をくりっとつまんだたため、一気に身体から力が抜ける。
「やぁ……、ロム、さま……っ」
 グリッドに腕を掴まれたままくったりロムの肩口に頭を預けたルナは、小刻みに身体を揺らしてどうにかやり過ごす。
「全部見えてるよ。ルナのいやらしい身体……」
 グリッドの恍惚とした表情に、羞恥でさらに顔が真っ赤に染まった。
「だ、め……。見ちゃ、だめ、です……ッ」
「むーり。俺だって見たい」
 ロムは、嬉しそうにルナのこめかみにくちづける。
 どうすることもできず、ただ裸体を見下ろされるルナは恥ずかしくてたまらなかった。
「それにしても、ルーの胸すごいな。……こんなに大きいと大変……って、ああ、だからさらし巻いて体型わからないようにああいう格好してるんだ。……見た目によらず、すごくえっちな身体を隠してるんだ?」
 耳元でわざと囁くロムの声が下半身に直結する。胸を揉む手はやめてくれない。彼の指が自分の胸に食い込むと、指の間から勃ちあがった乳首が見える。それを淫猥なまなざしで見つめるグリッドの視線が恥ずかしくてたまらなかった。
「さて、僕も見てるだけじゃなくてルナに触れようかな。いいよね?」
 いいもなにも、ルナの両腕の自由を奪っているのはグリッドだ。それでも訊いてくるということは、言わせたいのだろう。グリッドのまなざしが「さぁ言え」とでも言うように細くなった。
「ルナ」
 命令にも似た声音に、ルナは震える唇を静かに開ける。
「……さ、……さわ……って、くだ、ひゃんっ、ロムさまそれだめぇ……ッ」
 きゅむきゅむきゅむ。両方の乳首を急につままれて、おなかの奥がきゅぅっとなる。背中を丸めて何度も身体が跳ねた。
「こらロム。せっかくルナのかわいいおくちで言わせたかったのに、邪魔するなよ」
「だって、おまえがルナを見てからのココ、すごい硬くなってやらしいんだぜ? 触るなってほうが無理」
 そう言う彼の手先はいやらしく動く。指先で硬くなったルナの乳首を弄び、くすぐるように指先を動かした。ふるふるとロムの指先によって左右に振られる乳首がさらに色づく。
「あ、ひゃ、……ぁう、ん……ッ」
「ルーの声かわいいなぁ。かぁいい。……だから、早く俺もそっちがやりたい」
「……本題はそれか。わかったわかった。一度ルナを気持ちよくさせてから、交代だ」
 本人の意思とは違うところで何かを決められているが、ルナはそれどころではなかった。初めて与えられる快感に、感じてばかりだ。
「じゃあルナ、最初から教えてあげる」
 そう言ってグリッドが両腕を解放してくれた。しかし、彼の言っている“最初”が何を指しているのかわからず、ぼんやりとした視線を返すことしかできない。それを理解したのか、グリッドは優しく笑って甘い声が漏れ出るルナの唇に自分のそれを重ねた。
「……ん」
 最初にされたときのような激しいものではない。舌だって入ってこない、すごく優しいキス。ちゅっちゅっちゅ。何度かついばむようなキスに、快楽とは違う心地よさに包まれる。安心というか、なんというか。もっとという気持ちが自然と湧き上がった。
「ああ、ルナはこういうのが好きなんだ。覚えておこう。——じゃあ、次」
 首筋に唇を押し当てられ、舌先で肌をくすぐられる。ぞくぞくとしたものが背中を走り、肩が動いた。
「ルナは、首苦手なんだ……?」
 嬉しそうにつぶやいたグリッドが、ちゅぅとルナの首筋に吸い付く。
「ひゃ、ぁんっ」
「かぁいいなぁ、ルー」
 ロムはグリッドの愛撫にあわせるように、胸の揉み方を変えてきた。やんわりと、それでいてルナの胸を堪能するように、ゆっくり手を動かす。形を変える胸から、快感を教えられる。
「ん……っ、……あ、ぁ」
「そう。気持ちいい声が出てる」
 首筋を舌先で辿ったグリッドが、鎖骨を通り過ぎてロムの掴むふくらみへ向かい、同時に力が抜けたルナの足の間に身体をねじ込ませる。喘ぐことしかできないルナに見えないようににやりと口元を歪めたグリッドは、——つんと勃ったルナの乳首に吸い付いた。
「っ! ふあ、ぁああん」
 そして、ルナの太ももをなぞっていた手を、彼女のぬかるんだソコに移動させる。指先で入り口をくすぐると溢れた蜜がグリッドを招くように指先をナカへと導く。くちゅり、とした淫猥な水音は、グリッドが乳首を舐める音に掻き消えた。
「やぁ、……あ、あぁ……!!」
 乳首を舌先で転がされて、ちゅっと吸われると腰から下の力が抜ける。その隙をついて、グリッドの長い指が溢れた蜜でとろとろになってるルナの蜜壷にさらに入っていく。
「あ、……ッ、なに、……これ……ッ!」
 下腹部に感じる異物感で背中が粟立つ。一瞬のうちに恐怖で染められたルナの心を救ったのは、
「ルー、こっち」
 ——ロムだった。
「んむぅ……っ!?」
 顎を掴んで後ろに向かせたロムに、唇を塞がれる。やわらかい唇が大丈夫だと伝えるように、優しく触れた。唇を舌先でくすぐり、ルナの恐怖を食べていく。すると、硬くなり始めた身体から力が次第に抜けていき、ずぷずぷとナカに入ってくる刺激さえも快感に変わった。
 離れていく唇が切なくて、ついロムを見上げるルナに、彼は優しく微笑む。
「……ん?」
「…………いやです」
「え?」
「もっと」
 きょとんとするロムに、羞恥が勝ったルナがなんでもないと言おうとしたが、すぐにその唇は塞がれた。
「んむっ」
「うん。もっとな」
 嬉しそうに微笑むロムの唇が、再び降ってきた。
「ルナ? ロムばかりに反応するなんて、僕に対するいじわるなのかな? だめだよ。僕にも集中しないと」
「ぷは。グリ……ッド、ん、さま……ッ」
 耳に届いたグリッドの不穏な言葉に、慌ててロムからグリッドへ視線を向けようとするが、ロムが顎を掴んでくちづけるので逃げられない。
「だめ。俺だけ感じて、ルー」
 キスの合間に切なげに吐き出されたロムの声で、心臓が悲鳴をあげる。
「わかった。君たちがそういうつもりなら、僕はこうだ」
 ロムの発言も手伝ってか、グリッドは冷ややかな声で再度ルナの乳首を口の中に含む。
「ふ、んんんんっ」
 そして、容赦なく蜜壷を掻き回すように指を動かした。その激しい動きに、甘い痺れが身体を走り抜ける。
「ふぅ……、ううううっ。ん、……んーっ」
「……っはぁ。こらグリッド、ルー苦しそうだろ、もうちょっと手加減してやれよ」
「やら。これ、おひおきだから」
 グリッドが、乳首を銜えたまま答えた瞬間、舌先が乳首に変に当たって、身体が跳ねる。
「く、銜えたまましゃべったら、……だめ……ぇ」
 ぐちゃぐちゃとナカをかき回され、一方の乳首をグリッドが銜え、もう一方をロムが指先でいじったりつまんだりを繰り返す。追いかけてくる快感から逃げられない。むしろ、四方八方からやってくる。首を左右に振って悪あがきをしても、耳元でロムに
「いいよ、ルー。……我慢しないで、イケ?」
 と、くだされた鋭く甘い命令に、すぐに目の前が白くはじけた。
「あ、ぁ、あぁ、……ん、んっ、んっ」
 びくんびくんと盛大に身体を跳ねさせたルナは、何もかも手放してくったりとロムに身体を預けた。


5.
 一瞬、おちていた意識が戻るころには、グリッドとロムの位置が入れ替わっていた。
「……はれ?」
 目の前では、下半身をシーツに隠し、すっかり何も纏っていないロムが上機嫌でちゅっちゅっちゅ、とルナの唇をついばむ。その上では、グリッドがロムを嗜めるように彼の名前を呼んでいた。ロムのキスから解放されたルナは、ぼんやりとグリッドを見上げる。彼はルナを覗き込むように青銀の髪を揺らした。
「あれから、さほど時間は経ってないよ。少し意識が落ちていただけだから、安心して」
 安心を与える微笑みに、ルナもつられて口元を綻ばせる。そんなルナの顔を自分に向けたロムが、俺の番だと言わんばかりに、グリッドを下から睨みつける。
「…………はいはい。好きにしなよ。僕は僕で、……楽しませてもらうから」
 少し低くなった声に、グリッドの顔が見えないことが悔やまれた。彼の目が本当に笑っているのか、そうじゃないのかによって、自分の身に何が起きるのかが違う。——それはわかっているのに、目の前で嬉しそうに顔を綻ばせているロムから目が離せない。子どものように無邪気な笑顔を見せているかと思うと、その目に情欲の炎を宿す。一瞬にして“男”の顔に戻ったロムに心臓が大きく高鳴ると、彼は何かを察したのか苦笑を浮かべた。
「……っあー…………、怖い……?」
 なぜそう思ったのかわからず、首を傾げる。ロムは、ぽりぽりと鼻の頭をかきながら、申し訳ないように口を開けた。
「この馬鹿、ルナに怖がられるのが怖いんだよ」
 ——が、本人の代わりに答えたのはグリッドだった。先ほどのお返しだとでも言うように、声が楽しげだ。
「え?」
「っだー! グリッド! よけいなこと言うんじゃねぇよ!」
「好きな子ほど大事にしたいんだって。よかったね、ルナ、愛されてるよ」
「え、……え?」
「もーいいから、グリッド、おまえ黙ってろ!!」
 困惑するルナの前で、顔を真っ赤にしているロムがグリッドに叫ぶ。視線をルナに戻したルビーの瞳が、不安げに覗き込んできた。
「…………その、あんまり……怖がらせないように、結構笑ったりして努力してたんだ、けど……。何回か気が緩んじゃうときがあってさ。なんか、ギラギラしてるときの俺って、怖いらしいんだよね」
 いつもルナを安心させてくれるあの笑顔が、本来の自分を隠すための『仮面』だったなんて。
 ははは、と苦笑を滲ませるロムに向かって、ルナは自然と腕を伸ばしていた。
「ルー……?」
 ぎゅっと自分の胸に抱き寄せると、胸の間にいる彼のルビー色の瞳が見上げてくる。不安に揺れる彼に「大丈夫」だと伝えるために、ルナは微笑んだ。いつもロムが、ルナにしてくれるように。
「ロムさまは、いつでも優しいです。……ただ、さっきは……」
「……うん」
「いつものロムさまと違って……、その、………………かっこよく、て」
 尻すぼみになる言葉とともに、頬の熱も上がっていく。
 ロムの反応が怖くてちらりと彼を見ると、ぽかんとした表情を返された。
「……だ、だって、そう思ったんだもん……」
 言い訳をするわけではないが、思ったことをぽろりと声に出してしまったルナは、顔を俯かせることしかできない。
「ぷっ」
 ルナの背後から、グリッドが噴き出したのが聞こえた。
「え?」
「ははっ、あはははははっ!」
 ルナを後ろからぎゅぅっと抱きしめたまま、グリッドが笑い始める。先ほどまでのいやらしい空気なんてどこへやら。いつもの“三人”がここにはいた。ルナはグリッドを振り仰ぐ。
「え? え、グリッドさま? 私、何かおかしいこと言いましたか……!?」
「ち、ちが……、っはー、最高。ロム、君の負けだよ」
「……そこで、なぜロムさまが負け……?」
「ルナはどんな君でも好きだって言ってるけど、……ロムはどうするの?」
 グリッドの質問のあと、ルナもロムを見る。彼は——耳まで顔を赤くしていた。
「…………え!?」
「……」
「あ、ああああああの、私、ロムさまに何か……!!」
「してない。してないから落ち着いて、ルー。だ、……大丈夫じゃないけど、大丈夫だから……」
 どういうことだろう。
 心配するルナに、ロムはひとつ息を吐き出すと、——笑顔の仮面を脱ぎ捨てた。
「ッ!!」
 ぞくぞくするような熱いまなざしに、心臓を射抜かれる。
「……ルー?」
 甘い言葉と切なげに寄せられた眉間に、ルナの心臓がきゅぅっと締め付けられた。ロムは、ルナの頬をその手で覆う。

「——愛すよ」

 彼の、こんな声を初めて聞いた。
 真剣で、それでいて愛しさがこめられていて、身体の奥に甘い疼きを引き起こす。息苦しいほどの彼の真剣に、応える術(すべ)を持たない。そんなルナの唇に、ロムがキスをする。
「返事はいらない。受け入れてくれるだけでいい」
 言うなり、食むようなキスをされた。
「んんっ……、んぅ」
「じゃあ、僕は遠慮なくルナの胸を弄らせてもらおうかな……。すごく、触りたかったんだよね」
 ロムとは違う、甘いささやきをルナの耳元でしたグリッドが、ふよんと揺れる胸を後ろからわし掴む。たぷたぷと胸を揺らされ、その弾力や形を楽しむように手や指を動かしてきた。
「ん、んーっ!」
 また、甘ったるい時間が始まる。
 ロムはグリッドと違い、何かを求めるようにルナへ唇を重ねる。唇に触れて、舌を差し込んで、ちゅくちゅくと舌先に吸い付いたと思えば、くすぐられる。
「……っは、ぅん……、むぅ」
「ん、そう……。は、……じょーず」
 キスの合間に褒めるロムの声がくすぐったい。それでいて身体の奥にある熱を燻らせるには充分の声だった。
「舌出して?」
「ん?」
「だーめ。……もっと」
 ときおり、何かを堪えたような声を出されるとだめだ。声だけで命令されているような気分になって、ルナはおずおずとさらに舌を出す。
「……ルーの舌って短いんだな」
 くすっと笑うロムに、あなたの舌が長い、と言ってやりたかった。が、すぐに舌をあむっと食まれてしまい、伝えることができない。
「ルナ? ほら、こっちでも感じて」
 きゅむ。背後から聞こえたグリッドの声と、突如、胸の先端に走った快楽に背中がそりかえる。
「ふぁ……!! あ、……ぁむ」
「そうそう、もっと身体を揺らして、気持ちいいって僕に教えてごらん?」
 くりくりと指先で乳首を転がされる。びくびくと肩を揺らしながら、ロムとのキスに応えた。
 グリッドからは甘い快感を、ロムとのキスは甘い幸せを連れてくる。
「ふ、んぅ……っ、ん、ん!」
「……ん」
 そして、ときおり聞こえるロムの気持ちいい声に、ルナもたまらない気持ちになった。
 ふたりから与えられる“甘美な熱”に身も心をとろけていくようだ。
「——っはぁ……、いやらしい顔してるな。とろとろじゃん」
 先ほどまでのキスで濡れているルナの唇を、ロムの指先がそっと撫でる。
「んっ」
「ロム、いやらしいのは顔だけじゃない」
「……ああ、そうだったな」
 グリッドのいらぬ言葉のせいで、ロムの視線は下に向かう。そして、気づいてしまった。痛いほどに勃ち上がっているルナの乳首を。
「ぷっくりしてきたね」
「今、ロムが見たから乳首が硬くなった」
「……ふぅん。ルーってば、見られると感じちゃうんだ?」
 胸の間に顔を挟むように見上げてきたロムが、意地悪く目を細める。泣きそうな顔で首を横に振るが、彼は口元を歪めて楽しげに笑った。
「えっちな子だね」
 ——俺好みだ。
 声を出さずに唇だけ動かされた言葉に、ルナの体温がさらに上がる。
「綺麗なピンク……。どこもかしこもかわいくて困る」
 まじまじと勃ちあがった乳首を見つめられ、桜色のそこを指先でくすぐられる。一方はグリッドが弄っているから、結局両方弄られていることになった。
「あ、ぁん。……そんな、いやらしく……触っちゃ……ッ」
 一度高みを知ったからだろうか、快感に慣れ始めた身体が素直に反応を返す。それを静かに見つめるロムの瞳が、やがてたまらないといったように閉じられた。
「っだぁあああ! もうだめだ。我慢できない。ていうか、無理」
 言うなり、ルナの胸を下から掴み上げたロムが食らいつく。
「やぁん……ッ!!」
 口の中に入れられて、乳首を舌先で転がされる。甘い痺れが身体を突き抜け、何度も腰が跳ねた。
「あ、あっ、……んんっ」
「ルーナ? こういうときは、ちゃんと声を出したほうがいい……。僕たちが興奮するからね」
 耳元で囁かれるグリッドの声に、理性を快楽に包まれたルナがぼんやり理解する。声を、出してもいい。教えられた言葉が何度も頭の中で流れる。
「やぁ……、それ、だめ、……感じちゃいます……ッ」
 ちゅっちゅっちゅ、とキスでもするように乳首に吸い付くロムが、口に銜えたまま言う。
「ルー、これが好きなんら」
 そういうことじゃない。
 けれど、反論はすべていやらしい嬌声へと変わった。鼻から抜ける甘い声は、まるで自分の声じゃなく聞こえる。
「ルナ、乳首どんどん硬くなる。僕とロムと、どっちのほうが感じた? ん?」
 こりこりと指先で乳首を転がされながら、攻められる。どっちに感じたかと問われても、わからない。与えられる快楽の大きさは変わらないのだから。
「あ、ぁあ、やぁ……んっ」
「ん。答えられないようなら、僕も舐めてあげる」
「え、グリッド、さ……やぁんっ、ロムさま、いきなり噛んじゃだ、め……っ!」
「あまがみだから痛くないだろ」
 口元を歪ませるロムに気をとられて、グリッドが体勢を変えていることに気づけなかった。
「どっちが一番気持ちいいのか、あとで教えるように」
 ルナの意向などまったく気にせず、グリッドも乳首に吸い付く。両方から舌先で乳首をころころ転がされて、言葉にならない声が出た。
「——ッ!!」
 快楽にすべて取り囲まれるほど、逃げ場がない。それぐらい、気持ちがいい。
「ん、ん、んんんっ」
 乳首を舐める音と、ルナの甘い声が部屋の中に反響する。聞いてるだけで頭がおかしくなりそうだった。
「も、……やぁ……ッ」
 耐えられない快楽にどうしたらいいのかわからず、自然と目に涙がたまる。
「そんなにかわいい声出したらだめだよ。たまらなくなるって教えなかったっけ? まったく、どうしてルーはそういう声出しちゃうんだろうね? 俺も、いつまでも優しくなんていられないよ?」
 欲望にまみれた声でロムは言う。しかし、それに反論するようにグリッドが銜えたまましゃべりだす。
「ロム、それはだめ。ルナをいじめるのは僕の特権だ」
「やぁ……ッ! どこくわえながら言って……ッ! ロムさ、ま、だから噛んじゃだめ……っ!!」
「俺じゃないよ、グリッドだ!!」
 とんだ濡れ衣を着せられたというように、ロムは唇を離して無理やりルナを押し倒す。グリッドの口からも解放されて、ルナはようやく息を整える時間を与えられた。
「……はぁ、……っは、ロム、……さまぁ」
 とろけた表情で見上げると、月を背に真剣な表情になったロムが愛しげに瞳を細める。
「月の……、女神を犯してるような気分だ」
 いきなりの例えに、ルナは月の女神に申し訳ないと思った。反論したいが、まだ息は整わない。その間に、ロムはルナの額に唇を落とすと、顔を上げて微笑んだ。
「俺だけを、見てて」
 小首を傾げたルナの頬を覆ったロムが、ルナを抱き起こして自分の上にまたがらせる。それから、グリッドにも聞こえないようにルナの耳元に唇を寄せた。

「ルーを、俺のものにするから」

 直後、——入り口に熱い何かが押し当てられる。
 思わず息を呑んだルナに、ロムが切ない苦笑を浮かべた。
「そんなに痛みはないはずだよ」
 いつの間にいたのか、背後から聞こえたグリッドの優しい声に、ふるふると首を横に振った。
「……もしかして、……いや?」
 その様子を見ていたロムが、不安な声を出す。ルナは、その問いにもそうじゃないと首を横に振った。
「…………偽り、の……想いを、……受け止めたら、だめ、です。これは薬で、ロムさまの本心じゃ、……ない、のに」
 優しい愛撫も、彼らの体温も月がみせてくれたひと夜の夢だ。起きたらこのふたりは忘れている。けれど、ロムが、グリッドが愛するひとに捧げようとしていた想いを、偽りのまま、ルナが受け止めることはいけないことだと思った。
 たとえ、ルナだけがこの“甘い夢”を覚えていたとしても、だ。
「私は……傷ついても、いいんです。この薬を……作った、責任があります、から。でも、……でも、ロムさまもグリッドさまも、これから誰かを好きになります。そのひとの……ために、その想いを大事にしてもらいたいんです……っ」
 どうして、ひとを好きになるとこんなにも泣けてくるのだろう。
 好きなだけなのに。好きでいるだけなのに。
 好きで、愛しくて、彼らのことを考えるだけで涙が溢れてしまう。

 だって、幸せになってもらいたいから。

 ——そこに、私がいなくてもいいから。
「ルー」
 静寂に包まれた部屋に、ロムの優しい声が響く。
「……ほら、俺を見て」
「だめ、です」
「いいから」
「だめなんです!」
「どうして?」
「……って」
「ん?」
「だって、……なけなしの理性なんです。それなのにロムさま見たら……っ」
「理性が、なくなっちゃう?」
 こくり。素直に頷くルナに、ロムは小さく笑った。グリッドは、ただ黙ってルナを後ろから抱きしめる。その体温は「大丈夫だ」と告げているようで、よけいに泣きたくなった。ふたりして、甘やかさないでほしい。
「ルー?」
「……はい」
「理性が、なくなりそうなぐらい、……俺たちのことが好きなんだ?」
「そうですよ。さっきも言ったじゃないですか」
「うん。聞いた。……じゃあ、理性なんていらない」
「……え?」
「悪いけど、その理性ぶち壊すよ」
 言うなり、ルナの身体を支えていた力が緩む。直後、あてがわれた熱が、ずぷずぷとルナのナカを押し広げて入ってきた。楔を打ち込まれて、逃がさないというようにロムが内壁を擦りあげてくる。
「だ、め……、だめです、ロムさ——んんぅ!」
「そうそうかわいくない口は、おとなしく塞がれてなさい。ルナ」
 ルナの唇を塞ぐロムの行動を肯定するようなグリッドの声に、肩が震える。
 その間もいやらしい水音を立てて、ルナはロムをゆっくりとしかし確実に飲みこんでいった。
「ん、んーっ」
 ぐっと最後にルナをしっかり上に座らせたロムは、ようやく唇を離した。涙で歪んだ視界は、ロムの指によって取り払われた。涙の先にあったのは、——ロムの笑顔だった。
「ばかなルー。——いらない理性に泣かされて」
「……いらなく、なん、か……」
「いらないよ。あとで、気づくぐらいに、な」
 ずん、下から与えられる衝撃に、ほんの少しナカが擦れる。引きつるような痛みの次に、甘い微熱が生まれた。
「っ、ぁあんっ」
「ルーのナカ、ぬるぬるしてる。ちょーきもち、いい……ッ、ていうか、よすぎるんだけど……!」
 眉間に皺を寄せて苦しげに吐き出された言葉に、どう反応していいのかわからない。けれど、徐々に生まれる痺れは大きくなっていった。
「あ、……っはぁ、あぁ」
 ロムの首にしがみついて艶めいた声が漏れる。
「ちょ……、そんな声、出さない……。あー、やば。俺、声だけでイッちゃいそ……っ」
 何かを我慢するようなつぶやきとは裏腹に、ルナのナカにいる彼の質量は増す。大きくなった彼に快感も比例して身体の中に広がった。
「お、っきく……、しちゃ、だめです……!!」
「じゃあ、ルーも締め付けないで」
 これでも結構がんばってるんだよ。
 続けるロムの声に、グリッドがよけいな茶々を入れずに、ルナの乳首を指先で弾いた。
「っあぁああんっ」
「ぐっ、……グリッド……、てめ……ッ」
「こうするともっと気持ちよくなる。それに、せっかく三人なんだから楽しむところは楽しまないと?」
「よ、ゆうが……なくなるつってんだろ!?」
「それは、経験不足」
 ぴんっと弾かれた乳首からの刺激と、ちょうど入ってきたロムの熱が見事に重なる。
「っひゃぁあんっ」
「だから、そんな声で啼くなっての……!!」
 そんなことを言われても無理だ。勝手に出てしまうのだから。
「……ルナのいやらしい乳首、おいしかったよ?」
 どくん。囁かれたグリッドの言葉に心臓が大きく高鳴る。それにあわせて、ロムがまた苦しげな声をだした。
「グリッド……!」
「言葉攻めもいけるのかなと思ったんだけど、正解みたいだ」
「俺で、試すな!」
 気持ちいいところをすべてに刺激を与えられ、もう思考もとろとろにとけてきた。
「……ルナ、ほらもっと気持ちよくなろう?」
 グリッドの低くて甘い声がとけた思考に絡みつく。
「どうされるのが好き? ルナの好きなことをしてあげる」
 誘惑するようなグリッドの声で、彼の動きが止まった。ちゃんと言わないと何もしないよ。そう行動から言っているようだ。ルナはじんじんと疼く乳首に残った甘い快感がもっと欲しいと思った。その直後、ロムに下から突き上げられる。
「っ、あ、あぁっ」
「ほら……、言ってごらん」
 喘ぐルナの耳元で誘惑を続けるグリッド。その声に求めるように、ルナは応えた。
「ふぁっ、……あ、……、むね」
「ん? うん。どうしたい?」
「さ、……わ、ぁあっ!! ……さ、触ってくださ……っ」
「どうやって?」
「つまん、で」
「そう。……ルナは、乳首を摘んでもらうのが好きなんだ? ——淫乱なんだね」
 低く落ちた甘い声は、ルナの意識を引きずり落とす。きゅむ、と両方の乳首をつままれて、背中がそりかえった。
「んっ、んんっ」
 欲しかった快感に身体が崩れ落ちそうになる。
「ルー」
 優しい声に目を開けると、彼の欲情に染まった瞳に射抜かれる。
 これがイケナイことだということはわかっていた。けれど、それでもこの甘い檻はいやらしくて気持ちがいい。
「ロム、さま……、ロムさまぁ……」
 せめて、彼の名前を呼び続けてそれを「好き」の代わりにしたい。言えない想いを名前に託して、ルナはロムの名前を呼び続けた。
「——くっそ!」
 悪態をついたロムが、ルナをグリッドのほうに倒す。グリッドは何をしたいのかわかったのか、ルナを優しく受け止めた。そしてロムはベッドに手をついて、器用に体勢を変える。——より、深くルナを味わうために。
「ひゃ、……ぁ、あ……ッ」
 いきなりのことで頭がついていかないルナをあやすように、グリッドは頭を撫でてくれる。見上げたロムは、ひどく苦しそうで、切羽詰った瞳でルナを見下ろしていた。ちゃんとロムの顔が見えたことによって、より愛しい気持ちが湧き上がる。
 自然と、ロムに向かって腕を伸ばしていた。
「キス……、キスが」
 ほしい。続ける前に、口の端を上げたロムが唇を合わせてくれる。腰を動かしながら、唇からも互いの快感を高めていく。
「っあー、やばい」
「やぁ、放しちゃ、だめ。ロムさまぁ」
 もう、そこから彼の声は聞こえてこなかった。ただ唇を合わせるいやらしい音と、唇から蕩けて彼の体温とまざりあうような幸せしかない。何度も最奥まで腰を打ちつけられて、快楽の波がやってくる。
「ん、んんぅっ」
 ——何かが、すぐそこまで迫っていた。
「もう……あ、やぁ、……きちゃ、う……。つかまっちゃう……ッ」
 縋るように彼を抱きしめるルナに、ロムは耳元で欲望に染めた声をあげる。

「ルナ……ッ!!」

 愛称ではなく、ちゃんと名前で呼ばれた瞬間、——こらえていたものがなくなった。
「ん、——あぁ……、あ……ッ!!」
 ぎゅぅっとロムを抱きしめると、息苦しいほど抱きしめ返され、彼もまたほどなくしてルナのナカで果てた。
 どくんどくん、と繋がってるところから相手の鼓動が聞こえる。その距離にいるのが夢のようで、崩れ落ちてきたロムを抱きしめた。愛しくて腕に力がこもる。心の奥底から湧き上がる、このあたたかい自分の気持ちだけは本物だ。そう思うとなぜか安心できた。
「…………っはぁ、はぁ。……あー、やばい。まずい」
 まだ息が激しいロムの言葉で、自分が何かしてしまったのかと不安が頭をよぎる。が、ロムの腕の力はそうではないと言うように、強くルナを抱きしめる。
「すっごい、愛しい……ッ!!!!!!」
 渾身の想いをぶつけるような言葉に、ルナは息を呑んだ。偽りの想いであろうと、なんだろうと、今のこの瞬間はルナや、たとえ忘れてしまうロムにとって——“現実”なのだ。嬉しさから溢れた涙があとからあとから、ルナの頬を濡らす。
 この腕の強さを覚えていよう。
 吐き出された彼の熱を覚えていよう。
 この胸に宿る感情だけは、絶対に忘れない。
 そう心に決めて、ちいさくロムの耳元で「私もです」と囁いた。
「ほんとか……!?」
 がばっと起き上がったロムに、微笑むことで返事をしたルナの顔を、今度はグリッドが覗き込む。
「さっきのロムはああだったけど、俺は……手加減しないよ?」
「グリッド……、さま……?」
「もうね、ルナがかわいくてかわいくて仕方ないんだ」
 微笑みの奥に見えた情欲の感情に、はしたないと思いながらも達したばかりのルナの身体も反応する。
「……ルナ? 僕はね、ロムよりも経験があるから」
「うるせぇグリッド!」
「——あいつよりも優しくて、もっと激しくしてあげるね」
 妖艶に微笑んだ彼の青銀の髪が揺れた。


6.
 ルナは、陽が昇りきる前に目が覚めた。
 といっても、三人揃って眠ったのは夜明け前だ。それまでロムとグリッドに好きなだけ身体を弄ばれ、ようやく先ほど眠ったばかりだった。仮眠をとったつもりだと思い、ロムとグリッドに挟まれて眠っていたルナはふたりを起こさないように、腕の中から抜けだそうと身じろぐ。——の、だが。
「…………ど、どうして?」
 彼らの腕の中から抜け出そうとすると、眠っているはずのどちらかの腕の力が強くなる。ルナは、早くここから抜け出して、この状況をうまく説明できるように、うまいことを言わなければならない使命を負っていた。
 なぜならば、——薬の効果がきれると同時に彼らの記憶もなくなるからだ。
 記憶のなくなった彼らに対応するためには、まずはこの無駄に大きくなったベッドの言い訳を考えなければならない。さらには裸で眠るふたりをいかに丸め込むか、ということも大切だ。それなのに、ルナが一緒に裸で眠っていたら元も子もない。
 男女が裸で仲良くベッドで眠っているのだ。おかしいと思わない人間はいない。ロムとグリッドのことだ、昨夜の記憶がないことに早く気づいた彼らは、その原因をルナだと思うだろう。最悪、ルナが嫌われてしまうかもしれない。
 それは別にいい。しょうがない。
 それよりも心配なのは、ふたりがルナの身体に散りばめられた赤い痕を見て、落ち込み、覚えていないがすべておまえのせいだろう!? という結論のもとで始まる魔力全開のふたり戦争に発展してしまうのではないかということだった。
 それはよくない。本当によくない。その可能性を確実に消すためにも、ルナはふたりを起こさず、このベッドから無事に抜け出さなければいけなかった。
 うーん、うーんと考えながら、上から出て行くことを諦めたルナは、もそもそと布団の中にもぐりこむ。絡めてくるふたりの足からうまく抜け出したルナは、彼らが起きてからの言い訳大会に備えて考えを巡らせた。
「ぷはっ」
 無駄に大きなベッド(ゆうべ、グリッドが三人で楽しむのに適さないロムのベッドを魔法でキングサイズにしていた)の足元から顔を出す。よし、これで重要な任務は終えた。
 そう安心するが、
「そんな身体で」
「どこに行くんだ?」
 綺麗に言葉を分けたふたりの声が、背中にかかる。
 おかしい。ぐっすり眠っていたはずではないのか。
 冷たい汗が背中を伝う。もしかしたら聞き間違いかもしれない。むしろ、そうであってほしい。そう思うルナの願い叶わず、ロムとグリッドは、こっちに向けといわんばかりにルナの名前を呼んだ。
「ルナ」
「ルー」
 さすがに名前を呼ばれて、振り返らないわけにはいかない。恐る恐る背後を見やると、ベッドボードに背中を預ける上半身裸のロムとグリッドが、不機嫌を露わにルナを見ていた。
「ど、どうしてふたりとも起きちゃうんですかぁあああああ!!」
「寝てないよ」
「え?」
「そもそも、ずっと起きてたんだよ」
「…………眠れなかったんですか?」
『違う』
 ふたり揃って声を重ねたロムとグリッドは、赤面するだけでそれ以上は言わなかった。
「……ロムさま? グリッドさま?」
「いいから! ルー、こっちにこい」
「で、でも……!!」
「無理やりがよければ、いつでも魔法行使する準備はできてるよ、ルナ」
 有無を言わせぬグリッドの笑顔に、ルナの背筋が凍る。このふたりを相手にして、逃げられる自信なんてなかった。あぅあぅと喘いだルナは、おとなしく布団の中を移動して、ふたりの間に戻る。
「…………これで、いいですか?」
「うん」
「よし」
 ちょこんと収まったルナを確認したふたりは、満足した様子で容赦なくルナに触ってきた。できれば裸だしあまり触ってほしくない——と、考えたところで、すごく重要なことを思い出す。
「あーーーーー!!」
「ん?」
「どうしたの? ルナ」
 裸を見られないよう、大きなクッションに近い枕を抱えて、ルナはふたりを見るべく彼らと向き合った。
「ず、ずっと起きてたってことは、もしかして覚えてるんですか……!?」
 直球で核心に迫ったルナに、ふたりは同時に頷く。かなりあっさり。
「え、って、……え? 嘘、ちょっと待ってどういうこと……!?」
 ルナの想定していたこととは違う状況が起きている。というか、何が間違っていて、どこまでが想定内だったのか、その境界線さえもわからなくなっていた。混乱を極めたルナを落ち着かせるように、グリッドは優しく名前を紡ぐ。
「ルナ。落ち着いて」
「ぐ、ぐりっどさまぁ……」
「そんな顔しないの。……えっと、つまり、最初から説明するとね……?」
 言いにくそうに視線を逸らしたグリッドが、事の顛末を話し始めるのを聞いて、ルナは言いにくそうにしていた理由を理解した。

「——効いて、なかった……?」

 呆気にとられたルナに、ふたりはバツが悪そうに視線を逸らす。
「……ど、どういう、こと、ですか……?」
「えっと。……その、たぶん、なんだけど」
「私の薬、間違ってたんですか?」
「えー……っと……」
「目を逸らさないではっきり答えてください、グリッドさま!!」
 ほぼ叫ぶように答えを急かすルナに、グリッドは答えた。
「…………正直、それはわからない。というのも、そもそも僕たちは第一級魔導士で、ある程度の薬や魔法には耐性ができてる……っていうのかな。だから、同列の魔導士が作る薬じゃないと効かない可能性が高いんだ。で、今回のルナが作った薬なんだけど……」
 一度、言葉を区切ったグリッドが諦めたようにはぁ、とため息をついて続けた。
「……たぶん、魔力式が間違ってたんだと、思う……」
「え」
「練りこまれたルナの魔力だけが、なんだか薬と中和されてないように感じたんだよね。だから、作用が違う方向に働いちゃった、というか、その……なんというか」
「なんですか?」
「……………………………………媚薬に、変化しちゃってたんだよ、ね」
 たっぷりととった間のあとで聞かされた新事実に、ルナは目を丸くした。
 冷静に考えてみれば、あのとろりと身体にまとわりつく甘ったるい魔力が媚薬効果だったのか、と今になってわかる。が、まさか、惚れ薬が失敗していたなんて。
「ま、まぁ、よかったじゃないか。相手に媚薬なんて渡してたら大きなことになってたかもしれないし!」
 今度はロムの明るい笑顔がこの場を治めようと前に出た。
 しかし、ルナはまだ何かひっかかっていた。その“何か”がわからなくて昨夜のことを思い返す。——そして気づく。さっきのグリッドから導き出される答えを。
「……ということは、私の作った惚れ薬は媚薬で、その効果が出ていたのは私ひとりだったってことですよね……?」
「うんうん! そう、だからな、ルー」
「ばかロム!!」
「え」
 あっさりと肯定したロムの明るい声に、叱責を飛ばすグリッド。彼だけはロムと違って、ルナが確認したかったことに気づいたようだ。
「——なんで、薬が効いてないのに、薬が効いたフリしてたんですか……!?」
 涙目になりながらふたりを見ると、グリッドは頭を抱え、ロムは自分の失言にようやっと気づいたのか顔を青くしていた。
「ル、ルー? あのな、それは……!」
「ふたりして、私の気持ち弄んだんですか!!」
「違うよ、ルナ」
「だって、そうじゃないですか!! 私ひとりが悩んで、つらい思いながらロムさまとグリッドさまを受け入れたのに……、なのに……ッ!! 嘘つかれてたなんて!」
 大粒の涙がぽろぽろ頬を滑り落ちていく。
 次から次へと溢れる涙に、動揺するふたりの気配が伝わる。でも許してなんかやるものか。強い覚悟でもってふたりの答えを待った。すると、先に口を開けたのはロムだった。
「あのな、ルー。……おまえを騙したことは悪かった。悪いと思ってる。でもな、それ以外は、俺たち嘘なんてついてない」
「……え?」
「昨夜、言ったろ? 理性いらない理由、あとで気づくって」
 そう言えば、ロムと身体を繋げる前にそんな話をした気がする。
「ルーが、……薬の話してるときに、その……好きな人がいる、みたいな話してただろ? それが……、その、なんとなーっく頭にきて、だな」
「………………はい?」
「僕たちはね、ルナのことを……妹を思う以上に大事にしていたんだ」
 ロムだけでなく、グリッドからの告白に目が白黒する。
「それは……、どういう……?」
「だからぁ、好きだって言ってんの!」
「……誰を?」
「ルナを」
「誰……が?」

「「俺(僕)たちが」」

 ふたつも揃った声に、聞き間違いなんてできない。
 じわじわと湧き上がってくる愛おしさに、どうしたらいいのかわからない。やっぱりこういうときでも涙は出るらしい。信じられないと思いながらも、ふたりの赤面する顔に実感がじわじわと湧いてくる。
「夢……じゃ?」
 それでもまだこれが“現実”なんだと思えないルナを抱き寄せたロムが、強引にキスする直前で止めて、——ひと呼吸おいてから、ルナの唇に遠慮がちに触れた。
 ほどけた砂糖菓子の感触に、昨夜のキスを思い出す。
「…………もっと」
 ちゅ。今度は、ちゃんと触れてくれた。
「もっと」
 ちゅぅ。唇から蕩けるようにロムの体温と混ざり合っていくキスに変わる。
 もう一度キスを強請ろうとしたルナよりも先に、
「……もっと?」
 と、ロムが甘くつぶやく。
「もっと、です」
 甘くつぶやいたルナのおねだりに、ロムは嬉しそうに微笑んでキスを——

「はい、ストップ」

 する前に、ルナをグリッドに抱き上げられてお預けに。
「おい、グリッド! 今、いま、ちょーいいところだったんだけど……!!!!!!」
 悔しさを滲ませたロムに、グリッドはルナを後ろから抱きしめて頬にキスをする。
「んっ」
「昨夜は、経験不足のロムに花を持たせたけど、今度からそうはいかないから」
「……は?」
「僕、オトナだからね」
「それは、いったい……、どういう、意味だ……」
「ルナといちゃいちゃさせないってことかな。……今度は、僕ともいちゃいちゃしようね、ルナ」
 嬉しそうに囁くグリッドに対し、ロムは「俺だってルーといちゃいちゃしてぇんだよぉおおお!!」という叫び声をあげて、ルナを自分の腕の中に取り戻そうとする。
 いつもの“三人”は、まだここにいた。
 それが嬉しくて、ルナはひとり幸せを噛み締めて口元を綻ばせる。

 これは、——ほんのちょっとだけ、危険を孕む関係が始まったときのお話。

(でも、これって本当はいけないことじゃ……?)
 ふたりの男に挟まれた少女だけが、この関係の危険性について察していた。



Fin







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